【洋菓子の生産】結局いい職場を見極められなっかた、自業自得という事だと思います。

【洋菓子の生産】結局いい職場を見極められなっかた、自業自得という事だと思います。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】
洋菓子の生産

【当時の住まい】
当時は大阪の実家で両親と兄弟2人の5人家族で暮らしていました。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今も同じ職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
職場に就職した動悸は前の勤め先がかなりのブラック企業だったので、その環境に耐えられなくなったためです。
今の職場に望んでいたことは、仕事がつまらなくてもいいので、ちゃんとした休み、給与を与えて貰える職場環境です
経緯は転職を相談した友人の紹介です

【環境と仕事内容】
仕事内容は主に焼き菓子の製造で商品の練り、焼成作業、在庫管理をしていました。
設備は焼成するオーブン、ミキサー、充填機などで半手作業でした。
主に大手コンビニエンスストアのロールケーキやフィナンシェなどを生産していました。
職員は生産は5人で主任1人、下に平社員4人でした。
私はその平社員中の1人でした。
日勤で週休二日でした。

【大変だった時期】
22歳で転職しこの職場に就職。
最初からずっと大変でした。




【大変だったこと】
職場で大変だったことは、工場では同世代の人間がおらず、周りは年上ばかりで、考え方全く合いませんでした。
洋菓子製造なので、職人崩れの人が多くプライドが高て上下関係に厳しく、先輩のご機嫌次第で仕事がやりずらくなってしまうのがとても大変でした。
大きな声で威圧し後輩に対し物を言わせない態度がとても苦痛も大変でした。
仕事内容も重い物をひたすら運ぶ単純作業で、関節痛に悩まされ、冬場は水を触る機会が多かったので手が荒れ、そこに食品の衛生を守る為、アルコールを吹きかけるのがとても染みて大変でした。
さらに下請けの会社だったので生産予定がコロコロ変わり、在庫管理をするのが難しく、発注を飛ばすと次どうすれば良いか
ではなく怒鳴りつけられる環境が大変でした。

【大変だった期間】
今でも続いています。




【当時の心境】
とても苦痛でした、怒らず次どうすれば良いかを考えられない、上司を何でこいつが、上司になれたんだろうという疑問と嫌悪感でいっぱいでした。
こんな身にならない事続けて良いのかと、将来的に不安を感じていました。
こんな上司にはならないと心に誓いました。

【職場が大変だった原因】
会社全体の古臭い考え方と年功序列が生む、謎の上下関係のせい、そしてやりがいの無い仕事内容のせいだと思います。




【仕事で良かったこと】
元々私は物事をキッチリするのが好きだったので、商品を生産する時に規格通りに全て綺麗に仕上げた時の達成感や、意地悪な上司の無理難題を言われた通りにこなして、見返してやることが仕事の中でのやりがいになっていました。




【特にひどかった最悪の出来事】
18歳の若い新入社員が入ってきた時に、まだ仕事覚えたてのその子を明らかにキャパオーバーなポジションにつけ、新人教育を建前に辛く当たりその子が鬱気味になっても何も改善策を打たず、さらに面倒を見ていた直属の上司が自身の評価を下がることを恐れて、保身に走って全てをその新人社員の能力が低いせいにし、退職に追いやるまで追い詰めていた。
彼は、退職に至るまで様々な奇行や、落ち込んだりしていた事を若さから来る甘えだと決めつけ、周りのパートや他の部署の人間などに愚痴などを言い、外堀を固めて頼りづらい状況を作っていた。
下の人間に寄り添ってサポートするのでは無く、気に入らない人間を排除するスタンスが最悪だと思った。




【相談した人・助けてくれた人】
相談した人は両親で、愚痴を聞いてくれたのは地元の友人たちで、助けてくれたのは一番歳が近かった先輩でした。
両親や友人たちのいつでも気軽に辞めてしまえばいいという言葉に救われていました。
先輩が身代わりに叱られてくれたりと体を張ってフォローして下さりました。

【改善のための行動】
大変なことを改善するために頑張ったことはひたすら、耐えて我慢し体に覚えさせることです。
その結果、工場の仕事はほぼ単純作業のルーティーンなので、怒られることが減り、ストレスも大きく減らすことができました




【現在の状況と心境の変化】
心境の変化と現在の状況は入社してから二年が経ち、若手それなりに仕事ができるようになったので、辞められると会社として
困るようなポジションになったので、文句をつけてきたり、いびってっくる人間が減ったので今ではそれなりに仕事がしやすい環境になっています。
満足はしてい無いので転職を考え日々生活を送っております

【学んだこと】
私が職場での経験で学んだことは、人に怒る、感情だけで接するのはしょうもない人間がする事
教える側の人間は理性が大事



【当時の自分へのアドバイス】
当時の自分へアドバイスするなら、就職先というものをもっと慎重に決めるべきだという事と、
溜め込まず開き直りが大切。
そしてしてはいけない事は生産工場は100%で仕事をすること、80%をキープした方が良い。
どれだけ劣悪な環境でも仕事は慣れなので続けていれば怖いもが無くなってくるのでめげずに頑張ってください