【靴やサンダルの検品】仕事は単純。正直誰でもできる。ただその量が異常。やってもやっても終わらない。早く帰らせて〜と叫びたくなる日々。

【靴やサンダルの検品】仕事は単純。正直誰でもできる。ただその量が異常。やってもやっても終わらない。早く帰らせて〜と叫びたくなる日々。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24〜27歳

【当時の職業】
靴やサンダルに値札をつける作業、検品も含む

【当時の住まい】
実家にいた時と、都内で当時の彼氏と同棲してた時。
実家は共働きで昼間はほとんど無人。
夜はわりとわいわいしてる家です。
父母兄祖父母と私の飼っていたウサギ。
都内では彼と犬とうさぎと同居。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
日雇いの派遣でした。
家から通いやすく、作業も簡単だったため何度かお世話になりました。
同時アルバイトしていた飲食店よりも時給が良く、そこも魅力的で掛け持ち感覚で飲食店が休みの日に派遣を入れる生活をしてました。

【環境と仕事内容】
半分外のような工場でひたすら靴に値札をつけます。
専用のピストルみたいなやつでパチン、パチンと。
I字型の靴下とかについてるようなプラスチックの小さなやつです。
物により輪っかみたいなやつも手作業でつけたりもしてました。
洋服を買ったときなどにもハサミで切っているかと思います。
工場ではそれを「もやし」と呼んでいました(笑) 子供〜大人まで老若男女問わず色々な靴を扱っていました。
箱に書いてある色、サイズに間違いがないか、セットされている値札もサイズに間違いがないかを確認します。
左右揃っているかも確認します。
(たまに右と右が入ってたりもするんです!)傷があったら報告して交換したり落ちる汚れなら落としたりもします。
平均して10箱前後積み上げられているものをひとつひとつ検品し、値付けをし、終わったら隣の列、また隣の列、と微妙に横にズレながら立ち作業が続きます。
午前中〜夕方までの派遣でしたがなかなかの重労働でした。
埼玉で時給1000円なのでそこはわりに合ってるかと思いもくもく作業も嫌いではなかったので何度かお世話になりました。

【大変だった時期】
最初から大変だなとは思いました。
まず量が凄すぎました。
高く積み上げられた靴の入った箱をひとつひとつ検品しなければいけません。
同じ作業の繰り返しにあまり移動もしないので腰も痛くなりますし膝も固まります。




【大変だったこと】
仕事の量。
終わったと思えばまた新しい山がずらり………。
そして半分外ってこともあり(終わったものをトラックに積むため外と繋がってる。
ビニール性のカーテン?のような仕切りはあったけど)冬場はめちゃくちゃ冷えます。
上半身は動いてますが下半身はほとんど動いていないので腰も痛くなるし膝も固まって休憩入る時とか痛くてびっくりするほどです。
そして○時までと決まっていますが、上がりです、の言葉もなく、それぞれのタイミングで帰っていました。
ここの山まで……とある程度決めるのですが、結局皆さんそこそこ残られて仕事していました。
色んな派遣のお仕事をしてきましたが、定時に上がれないのはここだけでした。
もちろん残業分もお給料はでるのでそこはありがたかったですが。
同時アルバイトしていた飲食が続くともくもく作業がしたくなり、派遣が続くと接客したくなる………ないものねだりだな〜と思いながらお小遣い稼ぎ程度に派遣はしていました。

【大変だった期間】
わりと一時的なものです。
都内に引っ越すためにできるだけお金が欲しく、隙間時間で働いていました。
都内に行ってからも時々隙間時間を使いお小遣い稼ぎをしていました。




【当時の心境】
仕事自体は簡単なので難しいことはないですが、やはり寒さへの覚悟(冬の時期に入れていることが多かったので)と、今日はどのくらい量があるんだろう………と思いながら向かっていました。
10時出勤で午前は12時に休憩入るまでの2時間。
あっという間ですが、午後は18時までと長めです。
途中15分の休憩を挟みますが、それでも午後は長く感じ、寒くて手がかじかむときは本当に速攻お風呂に浸かりたくて仕方なかったです。

【職場が大変だった原因】
日雇いの派遣を雇わないと回らないほど単純に量が多いんだと思います。
詳しくはわかりませんが、毎日毎日あんだけの量の靴に値札をつけてるのに行く度に大量の仕事があります。
半分外ならもっと温度調節もしてくれればいいのに。




【仕事で良かったこと】
仕事に慣れてきて色々聞かなくてもスムーズに仕事ができるようになった時。
普段の接客とは違い自分のペースで自分の世界に入れるのが楽しくてやりがいを感じていました。
商品化できない靴を持って帰っていいですよ、と言われ2足程持ち帰りましたが、そもそも履くつもりはなく、フリマアプリで売り、そこでも少しお小遣い稼ぎになりました(笑)




【特にひどかった最悪の出来事】
冬の寒い時期に一番外に近い(もはや外)ところで永遠と作業していた事。
手元もかじかみ感覚があまりなく、作業も遅くなるし全身震えながら仕事してました。
今ある山がなくなれば中の方に行けるかも………と思い頑張って終わらせ、終わりました、と報告しに行ったら同じ場所でまた大量の仕事が追加されました……….風邪を引く覚悟で絶望感の中、上がる時間を今か今かと待ち続けたあの日が一番辛くしんどかったです。
もう覚えていませんが、あの日のお風呂はきっと格段に温かく雪のように全身溶けるように入っていたことでしょう(笑)今思えば何だかんだ楽しいことも多く、優しく話しかけてくれる人もいたので、働いたことに後悔はありませんが、健康第一で働けるところがやっぱりいいですね!結果、風邪は引いてないですけど(笑)




【相談した人・助けてくれた人】
実家から通っていた時は母に寒かった〜!とか疲れた〜!とか愚痴は言っていました。
早くお風呂入りたい!お腹すいた!と時々最寄りの駅まで車で来てくれていたので合流するなりワーワー言っていたと思います。
都内にいた時も当時の彼氏にそれなりに言っていたような…….

【改善のための行動】
寒くてどうしようもないとき、同じスペースで仕事してたおばちゃんが暖かそうなダウンを着ていて、私はアウターはロッカーに仕舞っていたので「アウター着ていいんですか?」と聞いたら「いいのよ!だって寒いでしょ?」って言ってくれました。
エプロンをするのでアウターはダメだと勝手に思っていましたが、エプロンの上から普通にアウター着て大丈夫だったので、それ以降は少しはマシになりました。




【現在の状況と心境の変化】
現在は転職し、どうなっているのかわかりません。
私生活では当時の彼ではないですが、結婚し、幸せな暮らしをしています。
新しく始めた仕事もあり、まだまだ不慣れですが楽しくやれています!これからも明るく楽しい未来が待っていると信じて、あの大変だった環境をバネに、今が幸せだと胸はって生きていけるように、日々過ごしていきたいと思います。

【学んだこと】
どんなに大変な仕事でも必ず終わりはある。
一生続くわけではないから、心や身体までダメになるほどではないなら、多少なら頑張ってみた方がその後の達成感はあると思う。



【当時の自分へのアドバイス】
たとえ小遣い稼ぎだろうと、あんまり仕事を詰め詰めにしないこと。
休むのが勿体ないと当時は思っていたけど、今はパートタイムでゆるく働いてるからそこ、休むことも大切だと伝えたい。
当時は本当に必死だった。
働かせてもらえるなら、少しでもお金になるなら、と寒さで身体が痛くなるとわかりつつもここの仕事に応募をしていました。
こんなにも寒さの印象が強いってことはあまり考えたことはなかったけど秋〜春先の冷える時期にしかたまたま働いていなかったのかもしれないです。