【化学繊維工場】パワハラ気質の工場で三交代勤務をしていた自分。パワハラに腹が立つし、生活リズムは整わないしでどん底。でも諦めないで資格取得を頑張った話。

【化学繊維工場】パワハラ気質の工場で三交代勤務をしていた自分。パワハラに腹が立つし、生活リズムは整わないしでどん底。でも諦めないで資格取得を頑張った話。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
23歳

【当時の職業】
化学繊維を作る工場の三交代勤務。

【当時の住まい】
実家の一軒家で両親と同居していた。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
学歴もなく、ホワイトカラー系の職業はことごとく面接で落ちてしまったときに、実家から通えて待遇も安定している大手化学メーカーの繊維工場の募集案内を見たのがきっかけ。
実家から通えて、まずは安定した収入を得られて、少しずつお金も貯められるであろう勤務先だと思って就職した。

【環境と仕事内容】
化学原料から糸を作る工場で、糸切れの補修や、糸が巻き終わったら切り替え作業などを行っていた。
工場にはおそらく500人以上いたと思う。
班毎に動くようになっていて、ひとつの班は6人〜8人くらい。
自分は一番の下っ端で、持っている現場で一番思い物の上げ下げを行っていた。
三交代勤務なので、日勤も夜勤もある。
休日は月に10日はあったと思うが、日勤と夜勤を繰り返すので満足に休みを楽しめるのは稀。
給与は手取りで15万円くらい。
寮はあったが、自分は実家が近かったので、入らなかった。

【大変だった時期】
アルバイトをしていて23歳から工場勤務を始めたが、最初から大変だった。




【大変だったこと】
いくつかあるが、まずは人間関係。
班長に意見が出来ない。
班長からの指示でやったことでも、課長からの指示でひっくり返る。
その場合、下が勝手にやったことだとされる。
給与が少なくてまず一人暮らしできない。
それと三交代勤務で夜勤と日勤を繰り返すので、体が休めず、睡眠が満足に取れない。
当然、休みの日を満喫することも難しくなる。
あとは、飲み会の頻度。
パワハラ職場なので、飲み会を断ることが出来ず、かつ割り勘も強制される。
工場全体で飲み会好きな人が多く、総合職の社員は給与も多いため、派手に飲み歩く人が多い。
人によっては支払い時に多めに出してくれる人もいるが、ほとんどの場合、三交代勤務の契約の労働者でも同様に割り勘させられる。

【大変だった期間】
3年続けようと思って3年で辞めた。
2014年くらいから2017年くらいまで。




【当時の心境】
安定した仕事についたことを親が喜んでくれたので、できるだけ長く続けたかったが、我慢しなければいけないことが多くて、出勤することを苦痛に感じていた。
ある程度のお金を貯めるまでは我慢しようと思ってまずは3年と思っていた。
年の近い同僚と昼飯を一緒に食えるときなどは楽しかった。

【職場が大変だった原因】
自分の班の班長は態度が大きくてとても嫌なやつだったが、結局会社全体がそういう気質であったような気も、今思うとする。
班長も総合職にかなりいろいろ言われているのを見聞きしていたので、班長になったらなったでストレスもあるだろうとは思った。




【仕事で良かったこと】
残業代はきっちり出たし、有給も事前に申請していれば普通に取れたのでよかった。
糸の製造自体は特段面白いものではなかったが、会社の制度でフォークリフトなどの資格を取らせてくれたので、とても助かったし嬉しかった。




【特にひどかった最悪の出来事】
本社の技術研究部署にいる総合職の課長が工場に来た時に、その課長と班長と自分で飲みに行くことになった。
本社の課長から誘われたもので、その日はさすがに課長が支払いをしてくれるものだと思っていたら、完全に割り勘で一晩で2万円飛んで行った。
なんとかお金をためて頑張ろうとしているのにひどいと思った。
あとは、班の月次報告書を班長から丸投げされて、前月分を見ながら自分なりに書いてみたら、さんざんに貶されて、能力がないだの馬鹿だの罵られたこと。
結局、月次報告書はその後も自分が書くことになって理不尽だと思った。
月次報告書は班長がまとめて課長に報告することに社内のルールで決まっているのに、許せなかった。
ほかにもこまごましたことでいろんな丸投げがあった。




【相談した人・助けてくれた人】
違う班にいた同い年の同僚とは勤務時間が同じときなどは工場の食堂で一緒にご飯を食べたりして愚痴を言い合って頑張った。
頑張ってお金をためて辞めてやろうとお互いを励まして貯金額を報告したりした。
もっといい職場がないか情報交換したりした。
大きな会社で会社の制度自体は整っていたので、利用できるものは利用していろんな資格をとろうと、社内のフォロー制度を一緒に調べたりした。

【改善のための行動】
目標をもって理不尽に耐えるようにした。
まずは3年でやめようと思っていたので、3年の間に社内制度を利用してなるべくたくさんの資格をとってやろうと思った。
辞めた後、他でもっといい待遇で働けるように資格取得を頑張った。




【現在の状況と心境の変化】
転職して4,5年たった。
当時の社内制度でいくつか資格をとったおかげで転職活動はそれほど苦労しなかったし、給与面も改善した。
現職場は朝行って夜帰ってこられるので、生活リズムも安定して休日も楽しめるようになった。
体調も良くなったように感じる。
なにより、現職場は人間関係が非常にいいので、安心して働けるのが一番嬉しい。

【学んだこと】
理不尽な環境や人というは本当にある、いるんだと思った。
個人で戦ってもどうしても変えられないなとも思った。
逃げることは悪いことじゃないと思った。



【当時の自分へのアドバイス】
どうやっても変えられないなら、どう逃げるか考えていいと思う。
腹が立つと思うけど、反抗的態度をとったり口答えして初めのうちは立場を悪くしてしまったから、利用できるものは利用して、あとは心を無にして時間が過ぎるのを待てばいい。
あとは、両親にもっとフランクに相談すれば良かったと今思えば思う。
当時は、親が悲しむかもしれないと思って相談できなかった。