【NC旋盤オペレーター】長時間労働にパワハラ、日々心身を痛めつけられた結果、うつ病になった話

【NC旋盤オペレーター】長時間労働にパワハラ、日々心身を痛めつけられた結果、うつ病になった話

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
22歳

【当時の職業】
NC旋盤オペレーター

【当時の住まい】
一人暮らしで賃貸アパート暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
今は退職し無職





【就職のきっかけと経緯】
元々ものづくりが好きで製造の求人を幅広く見ていたが、女性が現場に入れる会社があまりなく、そんな中で唯一女性歓迎の会社がそこだった。

【環境と仕事内容】
基本的にはNC旋盤を用いて装置部品を金属加工する業務をしていた。
生産部の中でグループをいくつかに分け、そのグループのリーダーも担当した。
現場の人数は十人に達するか達しないか程度だったため、各グループ3人程度を配置し、その中で計画を立てて生産を行っていた。
休日は日曜日完全休み、土曜出勤が月に2回程度あるような環境だった。

【大変だった時期】
短大新卒で働いて、2〜3年経った頃




【大変だったこと】
まず第一に、人の入れ替わりが激しすぎた。
引き継ぎも曖昧なままで前任者が退職し、次に担当になった者は困惑する。
また、そのような状況の中でいきなり素人の人間が入社してきて現場に入ることになるので、一から教える手間もかかる上に、人材が育つ前に皆辞めていってしまうのでいつまで経っても技術レベルの底上げが図れない。
そういった環境の中で仕事をしていたため、当然残業が増え、月に100時間以上の残業をしたこともあった。
勿論、タイムカード上では三六協定の範囲内におさめなければいけないので、皆無言でタイムカードを押してから残業することも少なくなかった。
また、当時は朝礼の時間が長く、朝9:00〜10:30にかけて営業の報告や不良の報告、さらに計画の打ち合わせなどがあり、実質機械を本格的に動かせるのは午後からだった。
そんな中で社内研修や課題などもあり、明らかにキャパシティをオーバーした業務量を毎日こなしていた。

【大変だった期間】
残業に関しては2年ほど続き、その後働き方改革によって規制がかかった。




【当時の心境】
当時はとにかく毎日体調が悪く、出社することすら一苦労で後にうつ病を発症するきっかけとなった。
毎日死ぬことを考えていたし、つらいと眠い以外の感情がなかった。
それでも現場内の仲間は皆優しく、遅くまで残業をしているとお互いに様子を見合ったり、差し入れをしたり、なんだかんだで残業時の現場はお互いを思いやる気持ちに溢れていたので仕事がしやすかった。

【職場が大変だった原因】
最終的には会社の体質になると思う。
元々は残業三昧の会社で、朝まで働いていたという社員も多く、そういった文化が抜けていない部分は多く見受けられた。
勿論自分にも落ち度はあったが、社員のスキルアップを支援しようという姿勢がそもそも会社から感じ取れない。




【仕事で良かったこと】
難しい加工を任されて、それがきちんと図面通り形になり、寸法も問題なく良品に仕上がったとき。
正直、納品して問題なく使用されているかという不安は常に拭えないが、自分の中で納得のいく製品に仕上がったときや、それを周りから褒めてもらえたときは嬉しかった。
また、お客様から「組み立てやすく、綺麗な製品でした」といった声をいただいたときも、やっていて良かったなと心から思えた。




【特にひどかった最悪の出来事】
残業規制が入る中で今までと同じ生産量を求められるようになり、上司からのパワハラが日に日に増していったこと。
残業の申請に行くと毎回必ず「なぜ残業しなければいけなくなったのか」を問い詰められ、どんな回答をしても無視されて「給料泥棒」「言い訳をするな」「犯罪と同じことをしている」「口だけの人間」などと詰られる。
それが一時間以上も続き、他の加工者は一言二言伝えただけで申請が通るにもかかわらず、自分だけが残されて皆の前で叱責された経験は今でも忘れられない。
最終的に怒りを通り越し、泣き出してしまい、それで上司から余計に反感を買う結果になったのは今でも悔しくてたまらない。
あのパワハラさえなければ自分はうつ病になることもなかったし、今でも現場で加工をしていられたのかもしれないと思うと今でも胸が苦しくなってくるが、もはや今更どうにかできるわけでもないので心の中にしまっておくしかない。




【相談した人・助けてくれた人】
基本的にはパワハラ上司の言うことは絶対、というような空気感があったので周りに相談することはできなかったが、唯一、当時の直属の上司だけは私のことをかばい守ってくれた。
私が仕事中に理不尽なことで叱責されていたとき、間に入って擁護してくれたことは非常に嬉しかったし、その後過呼吸を起こしてしまった私を外へ連れ出し、落ち着くまで一緒にいてくれた直属の上司には本当に感謝しているし、恩人のような存在。

【改善のための行動】
毎日の行動を記録し、どこに無駄な時間が発生していたのかを自分なりに検証した。
工具を取りに行く時間、プログラムを作る時間などの外段取りにかける時間を少しでも少なくするために毎日時間を決めて翌日やその先の予定の図面によく目を通すようにした。
その後、帰宅してからどのような工具を使用するか、どのような工程で加工をするかなどを考え、現場内で悩んだり考えたりする時間を極力減らすように努めた。




【現在の状況と心境の変化】
現場でガッツリ働いていた当時からおよそ2年ほどが経過し、先日会社も退職したが、当時はとにかく目の前の仕事にしか目を向けられないような状態で視野が狭くなっていたなと改めて思う。
今、仕事を辞めてから思うことは、零細企業で出来ることは限られているし、世の中にはもっと沢山の会社があり、似たような業種でも様々な工夫を凝らして業務の効率化を図っているのだということ。
そして、人間の力だけで出来ることには限界があるということ。
今は自由になり、広い視野で物事を見ることが出来ていると思う。

【学んだこと】
自分一人がいくら努力をしたところで、組織として全員が同じ方向を向いていなければ目標達成をすることは不可能であるということ。
努力は必ずしも報われるわけではないということ。
それでも、努力している姿を認めてくれる人は必ずどこかに存在しているということ。



【当時の自分へのアドバイス】
すべてが自分のせいだと決めつける必要は全くないということ。
ダメなときは休むことが大切だし、周りの目ばかり気にしていたら自分が疲弊して消耗するだけだからやめろと言いたい。
そして、よくあれだけのスケジュールをこなして、何も言わずに現場に立ち続けたことは素晴らしい。
もうよく頑張ったから、周りのことよりも自分の体を大切にして欲しい。