【工場でボルト製造】上司にゴマ擦れない30代シンママ、パワハラ会社で納得いかない異動で退職した話。

【工場でボルト製造】上司にゴマ擦れない30代シンママ、パワハラ会社で納得いかない異動で退職した話。

【性別】女性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
36歳

【当時の職業】
製造業

【当時の住まい】
小学生の息子と二人暮らし

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
その他





【就職のきっかけと経緯】
別の工場で働いていて、事務職をずっと希望していたので最初は事務職として転職。
大きな会社だったので、安定して給料がもらえることと、子供の都合で休みがもらえることを考え、紹介予定派遣から契約社員になって勤めていた。
その後パワハラにより製造部門へ。

【環境と仕事内容】
取引先から仕掛品が送られてくるので、それに依頼がある通りの加工をして、送り返す仕事でした。
加工は男性の仕事でしたが、女性がパネルに製品を並べ続ける仕事でした。
数ミリのねじから、1個でずしっとくるボルトまであり、とても重いものもありました。
従業員は、その工場だけだと40人もいないなかったです。
日勤のみの職場で、契約社員は土日祝休みでした。

【大変だった時期】
最初の事務のころから大変だった、そのころから製造部門が人がいなければ手伝いに行っていた。




【大変だったこと】
上の人からのパワハラが横行していて、それがパワハラだと思わない人も多く、その人に嫌われるとさんざんな扱いに(私ですが)。
男性は怒鳴られる、失敗擦り付けられるは当たり前。
そんな人がパワハラはダメと熱弁するので、全員呆れていました。
社員は休憩時間すら気が休まらず、もっと大変だっと思います。
重たいものが多く、立ちっぱなしや一定の動きしかしない仕事も多く、肩や腰、腕も痛くなってしまい、連休があってもマシにならないことが増えていってました。
事務職のころも強制的な飲み会もあり、工場全体の飲み会でも上司にあいさつ回りに行ってお酒をつがないと怒られたりして、本当に窮屈でした。
参加しなくても悪口言われるし、自費もかかるし最悪でした。

【大変だった期間】
入社してからずっと、辞める日まで続きました。




【当時の心境】
大丈夫、大丈夫と思っていましたが、あの会社に入社してから神経性胃炎が頻発して、何度も「もう精神科にいこうか」と思っていたので、相当無理していたのかもしれません。
子供のためにも頑張ろうと思って入社しましたが、いつまで頑張ればいいんだろうと毎日憂鬱でした。

【職場が大変だった原因】
会社の体質だと思います。
結局根付いたものは、上司が変わってもなかなか変わらない。
上司が変わっても、意地悪なおつぼねは変わらないので、陰で色々言われていました。




【仕事で良かったこと】
営業さんに納期などの件で「ありがとうございます!」と言われたり、お客さんにありがとうと言われると頑張ってよかったと思えました。
また同じ気持ちで働く仲間がいたのも、心の支えになりました。
とても終わりそうがない仕事を終えて「早いね」と褒められるのも嬉しかったです。




【特にひどかった最悪の出来事】
数年後に工場が移転する、というのを入社してから聞きました。
家と子供の学校から近いことがよかったので、最悪〜とは思いましたが、2年ちょっとたったときに、私が新工場に行かないでやめるらしいとデマを流されていて、それによって製造部門へ異動になったようでした。
家が近い人が多く、子供もいるので、嫌がる人は多かったんですが、お局に嫌われていたので事務所から追い出すために仕組まれていたようです。
表向きは別の理由でしたが、どれもこれも納得いく理由ではなく、今まで何で頑張ってきたんだろうという思いでいっぱいでした。
そこで働き続けるのもなんだか惨めですし、引き継いだ子も上のいいなりな世渡り上手な子だったので、仲良くしてたのに…という思いでいっぱいになりました。




【相談した人・助けてくれた人】
もともと事務所にいた人、現場の仲良くなった人にはたくさん話をきいてもらいました。
私も昔そんな話出た時泣いたよ、という年配の方や、現場の人間関係にもっと前から悩んでいた子など。
辞めたらもったいないよ!って引き止めてくれた人も多く、ここにいてもいいのかな…って嬉しい気持ちにもなりました。

【改善のための行動】
現場の仕事を覚えようと頑張りました。
事務の仕事もしっていれば、違う視点で考えることができたり、これは問題ない、など分かることも多いので、役に立てることを探しました。
結局そこの上の人にも認めてはもらなかったですが、仕事仲間の人からは「早くて助かった」と言ってもらえてよかった。




【現在の状況と心境の変化】
このまま年を取ってから転職しなかったことを悔やんでも、40過ぎたらよけい転職は難しいし…と、もう体も心も限界と思い、退職しました。
退職日まで仕事仲間経由で嫌味を言われてましたが、もう二度と会わないと思うとどうでもよくなってました。
今はそれからも色々あり、在宅ワークに切り替えてますが、毎日充実してます。

【学んだこと】
人間、話し合えば分かりあえるなんてことはないし、無理に合わせて心までしんどいなら、頑張り続けることはないと思いました。
自分は一人しかいないし、子供の母親も私だけなので。



【当時の自分へのアドバイス】
そこで働き続けたいなら全部「分かりました(⌒∇⌒)」一択です。
言い返したり顔に出すと嫌われます。
あと、興味ないことでも頑張って覚えましょう、脳みそが正直すぎです。
でもよく頑張りました。
営業さんからはけっこう評判良かったと思いますよ。
現場のみんなの気持ちも考えてたと思います。
でも無理せず、自分のために仕事してもいいんだと思うよ。
と伝えたいです。