【携帯電話の組み立て工場】期待を膨らませて正社員と働き出したが、待ち受けていたのは想像を絶する過酷な労働で退職、しかしここでの経験で忍耐力もつき、その後の職場が楽に感じるようになった話。

【携帯電話の組み立て工場】期待を膨らませて正社員と働き出したが、待ち受けていたのは想像を絶する過酷な労働で退職、しかしここでの経験で忍耐力もつき、その後の職場が楽に感じるようになった話。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
24歳

【当時の職業】
正社員

【当時の住まい】
実家の一軒家で親と同居

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、違う業種で働いている





【就職のきっかけと経緯】
当時携帯電話の組み立ての仕事を派遣社員として働いていました。
大学を在学中に就職先が決まらないまま卒業してしまい地元で大企業だったということもあり、1年間働いた後に、いつまでも非正規雇用ではいけないと感じて正社員として働くことを決断しました。

【環境と仕事内容】
仕事内容は、故障した携帯電話の修理をしていました。
正社員でもまだ試用期間だったので管理業務はせず他の作業者(派遣社員)と一緒に修理作業のみをしていました。
従業員は約30名程でした。
日勤の仕事ですが故障した原因が不明のものも多くなかなか思うように業務が進まず、深夜残業なども当然の如くあり休日出勤も当然ありました。

【大変だった時期】
正社員として働き出して修理の部門に配属されて最初から退職するまでの期間(約1ヶ月)ずっと大変でした。




【大変だったこと】
労働時間が8時間労働の仕事なのですが、とても定時までに終了できる作業量ではなく当然残業(それも深夜残業)になってしまいます。
終了する時間が深夜1時、2時ということも珍しくない為、休日の確保も難しく翌日も始業が朝早く終了時間は遅いが繰り返されるので通勤の時間が掛かる人は就寝の時間の確保も難しくなります。
業務の内容もこれから販売する会社の製品ではなく既にお客さんの所有物の修理なのでデリケート(慎重)に扱わなければなりません。
お客さんにしてみれば修理代を払って修理に出した物が余計に酷い状態になって戻ってくれば怒り心頭にもなりクレーム対応も大変でした。
人間関係も前述の労働時間の関係もあり皆、疲弊しておりお客様の所有物の修理ということもありデリケート(慎重)に扱わなければならないのでミスをして破損すれば責任問題に発展しまう為、職場の人間関係は最悪でした。

【大変だった期間】
正社員として働き出して約1ヶ月間、最初から最後(退職する)までずっとでした。




【当時の心境】
1日の半分以上(12時間以上)を会社で過ごして、家に戻れば食事と入浴と就寝のみの生活の繰り返しで休日は殆どなく、ひたすらこの生活を繰り返すことに何の価値があるのかと感じていました。
皆、同じ気持ちなのだと思いましたが、抜け出せるうちに抜け出した方が良いと思い退職を決意しました。

【職場が大変だった原因】
従業員が正社員も含めて若い人(20代)が中心だったので労働経験が少ない人が多かったので作業者への指示、人や物の管理のやり方を知らない人が多く統制がなかった。




【仕事で良かったこと】
労働時間が長く、デリケート(慎重)な作業だったので心身ともに疲弊して過酷な状況でしたが、それでも自分が修理することによってお客さんの手に戻りまた使用して頂けると感じるのは実直に嬉しかった。
また上司も同じく大変な状況でしたが、皆を元気づけ明るい雰囲気を保とうと必死に気遣いしてくたことは嬉しかった。




【特にひどかった最悪の出来事】
正社員といっても試用期間で、まだ新人で初日なのにわからないことを質問しただけなのに物わかりの悪い奴と言わんばかりに先輩社員から嫌味や怒鳴られたり等パワハラまがいのことを散々されてしまい挙句の果てに先輩社員と共同で行っていた作業で先輩社員の作業ミスで発生してしまったことに新人の自分も巻き込まれてしまい初日から上司に、とんでもない程に怒られる羽目になり始末書まで書かされてしまいました。
現在まで働いてきた職場で初日から最悪な重いをしたのはこれが初めてでした。
尤も先輩社員も過酷な労働条件下にいて責任を背負っている関係上疲弊しており情緒も不安定なのは致し方ありませんが、新人に横柄な態度はしてほしくなかったです。




【相談した人・助けてくれた人】
新人だったので、まだ人間関係も築けておらず相談相手や頼れる人は職場にはいませんでした。
一応上司だけは自分も含めて過酷な労働条件下で働いている関係上、気遣ってくれて励ましてくれて、これがある程度、この職場で働き続けえられるきっかけになりました。

【改善のための行動】
新人だったので、まず必死に教えられたことを理解して早く仕事に馴れなけらばならないとメモをとり、そのメモを休み時間に何度も読み返していました。
正社員でいずれ作業者を管理しなければならないので従業員の名前を覚え、挨拶も欠かさずした。




【現在の状況と心境の変化】
当時の職場は退職して、その後は正社員ではなく非正規雇用ではあるが様々な職場を転々としました。
当時は、過酷な労働条件で働いてせいか他の仕事が楽に感じるようになりました。
ちなみに当時の働いて会社(請負会社)は請負先の会社が事業から撤退してしまった関係上、当時務めていた会社(請負会社)も撤退してしまいました。

【学んだこと】
過酷な労働条件下でも働いて賃金を貰う以上は仕事はやり遂げなければならないこと、もしその仕事が自分に合わないならすぐに退職して他の仕事を探した方が良いことを学んだ。



【当時の自分へのアドバイス】
ブラック企業であるかどうかに関わらず正社員はアルバイトをはじめとした非正規とは責任ある立場で働いていることを自覚しなければならない。
もし自分に不向きであるならば引き下がる(退職する)ことも選択の一つである。
むしろ合わない仕事を嫌々やらなければならないことの方が自分にも会社に対してもデメリット(不利益)しかない。