【金属加工業】やる気だけが先行して 焦りも 非常にあったことを 後悔している自分 がそこに いました。

【金属加工業】やる気だけが先行して 焦りも 非常にあったことを 後悔している自分 がそこに いました。

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
50歳

【当時の職業】
金属加工業

【当時の住まい】
私は家庭を持って子供と4人で住んでおりました。
持ち家でした。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
父親が製造業を始めたもので 私も兄から一緒やぅてくれと言われたのでやり始めました。
当時私は別会社に入る予定でした。

【環境と仕事内容】
当時私は工場長であったために 周りからは ナンバー2だから 頑張らなくてはいけないと言う ことを盛んに言われ, 当然そのとそのように頑張りました。
兄貴もそのことに非常にに感謝をしておりました。
やはり経営者一族となるとプレッシャー的には同じような感覚を持って作業してました。
本当に仕事を探すのがつらい時期でしたので 大変でした。

【大変だった時期】
50歳ぐらいで資金繰りで社長である兄が苦労しているのを見ているのが辛かった。




【大変だったこと】
金銭的にも大変だったのですが 取ってきた仕事をこなすのも それを成功させるのも 、私の役目だったので 非常に苦労した覚えはあります。
たくさん仕事がありすぎても困る少なければ少ないで困る大変な 製造業の 仕組みです。
最近は色んな工作機械が出て それを買わなければ仕事が回ってこないような状況でしたので 、どうしても銀行から借金でをして工作機械を買いながら 仕事を進めるような形態でした。
親会社さんからは 早くやれ早くやれという催促で 仕事がなくなれば何でそんな機械を買ったのかというような批判を浴びるような, そんなようなことが ついてもどうしてもついて行けなければならないよという下請けの 辛いところでした。

【大変だった期間】
3年程続きました。




【当時の心境】
従業員が30名ほどいましたので どうしてもこの会社を守ろうという決意で臨んでいました。
当然社長である兄貴はそれ以上のプレッシャーがあったということも考えると, 私も おちおちとしてないられないと言う 臨場感がありました。

【職場が大変だった原因】
工作機械の余分な買いすぎだったと思います。
当然銀銀行はいくらでも金を貸してくれたもので 安易に工作機械を増やしたことが原因だったと思います。




【仕事で良かったこと】
仕事がある程度 入ってきてそれがうまくできて納品ができた時の達成感は, 非常に嬉しかったことを覚えていますまたその後も引き続き同じ仕事が来るという喜びが あり 嬉しい思いでした。
本当にラッキーなことにはお客様の方がなんとか面倒を見ようという気になってくれたことがありがたいという思いでした




【特にひどかった最悪の出来事】
銀行に借金の取り立てをあったことが, きつかったことを 社長である兄貴から聞いて非常にショックを受けております。
貸してくれる時は簡単に貸してくれますかいざ取り立てとなると鬼のような銀行マンであることを覚えています。
また親会社も製品検査が非常に厳しくなり納品するときはひやひやしながら納品したことも大変な思いでした。
景気が悪くなると苦労が3倍ぐらいになると当時は思っていましたが本当の事です。
仕事帰り 売り上げが亡くなり 銀行からの督促があり 検査は厳しくなる このようなことが 何年も続くと 本当に ストレス ことが自分でわかり始めました。
でも 一度始めた仕事は途中で止めるのができないということも 分かっていましたから 必死でした。




【相談した人・助けてくれた人】
助けてくれたのは 従業員の 団結で乗り越える事が出来ました。
それなりにやはり従業員には苦労をかけたということも 今から思えば たくさんあります。
そんな従業員の頑張りを見て我々もそれ以上に頑張らなければならないと 必死で頑張りました。

【改善のための行動】
従業員も自分の生活を守るためですから必死でついてってくれていました。
そんな時何もしない従業員には 色々と嫌なことも言いましたが それも会社のためだと思い 言っていました。
今から思えば大変な 言葉を言っていたと思います




【現在の状況と心境の変化】
あれから約20年ほど経ちますが 今は 兄貴の子供 が社長になり 私は おじさんがでは社長がやりにくいと思い会社を離れて自営業 を行っています当然同じ金属加工業です。
おかげさまで 元いた会社からも仕事を頂いている状況です。
円満に退職できたことがやはり このような結果につながったことに安心感が非常にあります。

【学んだこと】
会社経営というのはやはりみんなが一致団結して同じ目標で行くことが一番大事だということがわかりました。



【当時の自分へのアドバイス】
当時自分は相当焦っていたということが今になって思いますけど焦らなくてもよかったなということが今なら言えます。
自分たちの技術に自信を持ってやればなんとかなるということが 言いたいです。
それとできるだけやはり無理をせずに地道にやるのが 得策だということも 言いたいです。
やはり 毎日毎日が 修行の場であることも 充分覚えておけと言ってみたいです。