【飲料メーカー・製造】4直3交代から3直2交代に。毎日12時間労働が続く。さらにサービス残業でメンタル崩壊

【飲料メーカー・製造】4直3交代から3直2交代に。毎日12時間労働が続く。さらにサービス残業でメンタル崩壊

【性別】男性
【年齢】(仕事が大変だった当時)
25歳

【当時の職業】
飲料メーカー勤務製造職

【当時の住まい】
静岡県富士宮市のアパートに住んでいました。
一人暮らしです。
富士宮市は土地が安いので家賃5万で十分な広さの部家に住めていました。
2DKです。

【その仕事はまだ続けてる?もう辞めた?】
転職して、同じ業種の別の職場で働いている





【就職のきっかけと経緯】
3交代で交代勤務、時差勤務手当がついて給料がよかった為、入社を希望。
非正規社員で入社したが正規登用試験が準備されているのが魅力的だったためです。
入社後は正規登用試験に合格し安定した人生を送りたいと思っていました。

【環境と仕事内容】
仕事内容は清涼飲料水の製品液の製造です。
なかでもお茶製品が多く、たまにスポーツドリンクの製品液の製造も行っていました。
扱う設備は多岐にわたりますが多くは製品液を貯めておくタンクや流体用ポンプ、バルブ類がたくさんありました。
基本操作はタッチパネルです。
その他、遠心分離機や熱交換プレートなど飲料メーカー特有の設備もありましたが整備等は1年に1回ぐらしかありません。
職員の人数は工場全体(協力会社含む)で160人ぐらいでした。
ポジションは一般社員で土日関係なしの4直3交代で仕事をしていました。
給料は手取り24万程度でした。

【大変だった時期】
24歳で入社。
25歳の時に同僚が突然の退職で1日の勤務時間が毎日12時間になった時。
人出不足が原因で4直3交代から3直2交代になった。
あの時は毎月残業が60時間ぐらいでホントに辛かった。




【大変だったこと】
上場企業でしたが有給はまったく取れませんでした。
またサービス残業はかなりありました。
上司がいると定時で帰れな雰囲気が全体に広がっており、残業は正義みたいな空気間がある古い体質の会社だと思います・さらにお盆休みやゴールデンウイークなど連休はありますが必ず現場の設備のメンテナンス、業者対応がある為、必ず連休のどこかで出勤になります。
また新商品の製造が入るとその商品が売れるかどうかわからない為、香料や酸化防止剤などの副原料はすべて手投入となります。
その際はかなり重労働ですね。
腰を痛めてサポーターをしている先輩もいました。
また改善提案にノルマがあります。
年始に今年は改善提案書を8枚出すようにと言われたときはホントに参りました。
改善提案を出すために無理やり現場を改善するみたいなことがよくありました。
先輩が省エネ施策のネタがないと言い工場の電球を外し始めてた時はホントにこの会社大丈夫なのかと思いました。

【大変だった期間】
25歳から30歳までの5年間です。
その会社にいたときはずっと続いていました。




【当時の心境】
やはりサービス残業が続く時はこの会社に入社したの間違いだったと思いました。
今日も定時で帰れないのかと入社前から絶望していました。
勤務時間中にトラブルが起きないかどうか心配していました。
徳に雷で瞬停したときは全設備がシャットダウンするのでもうめちゃくちゃ忙しくなり大変です。
雷がなる日はひやひやしていました。

【職場が大変だった原因】
会社の雰囲気というか社風だと思います。
部長や課長もかなり遅くまで残業していますし基本残業していく人が偉いといった昭和の雰囲気が原因だと思います。




【仕事で良かったこと】
従業員が少ないため、一人に与えられる裁量は大きかったと思います。
例えばロット毎に違う茶葉の試験成績表をもとに抽出条件を自身で決定したり、整備予算を下ろすための稟議書を作成したり業者と打ち合わせしたりと工場労働者とは思えないような立派な仕事も経験できます。




【特にひどかった最悪の出来事】
私が教育中の後輩がかなり大きなミスをしでかした時です。
製品液を次工程の充填という部署に配管を通して送るのですが通液中のストレーナーハウジングの蓋を外していまし製造止まりました。
かなり大問題になりハウジングを開けた時間は約1分ですが600本製造したのでその分の製造ロットを割り出し倉庫に行って1本1本金属探知機と目視で異物が入ってないかのチェックを行いました。
緊急で検査要員のアルバイトを募集し莫大な人件費をかけてなんとか出荷できました。
あの時はかなり怒られましたね。
教育担当のお前がしっかりしていないからだと言われたのを覚えています。
後輩もあまりやる気がない子だったので教えても教えても仕事を覚えてくれないことがかなりストレスになっていました。




【相談した人・助けてくれた人】
協力会社に勤めている年上の方に相談しました。
この会社かなりブラックじゃないですか?って相談したら今は我慢して出世しなさいと励まされました。
また俺みたいな協力会社はもっとブラックだよって言われてまだ恵まれているほうなのだと実感しました。

【改善のための行動】
職場はバルブ、ポンプ、タンク、コンベアーなどすべての配管で繋がっていて迷路みたいになっています。
もちろん工場の配管図面はありますが現物をみて覚えるよう努力しました。
ノートにどの配管とどの配管の途中に自動バタ弁があるなど自主的に勉強しました。




【現在の状況と心境の変化】
その職場で働いていた時は、仕事を覚えるのに必死でした。
仕事をできる人にならなければいけないと思っていました。
ですが今は労働力を売っている会社という認識で仕事に取り組んでいます。
自身が経営する会社でもないのになぜあそこまで必死になって頑張っていたのか馬鹿みたいになります。
今はいかに効率よく自分の労働力を売るか考えて仕事をしています。

【学んだこと】
コミュニケーションの大切さですね。
必ずわからないことが出てきます。
その時に先輩や協力会社の従業員とのコミュニケーションがものをいうからです。



【当時の自分へのアドバイス】
学ぶ姿勢は大事だけどもっと周りの人とのコミュニケーションに力を入れて頑張りなさいと言いたいですね。
またサービス残業はしなくてもいいですよって言いたいです。
もっと言えばサービス残業があれば労働基準監督署に相談するなどそういった措置を取るべきと教えてあげたいです。
3交代は大変だから無理しないでぼちぼちやってくださいと言いたいです。